英会話のマスターはライティングから|神戸 オーパス英語学院

Spreading the Wordコラム:オーパス通信

コラム:オーパス通信 TOP > マイロ・ヤノプルス オルタナ右翼の混沌の使者

マイロ・ヤノプルス オルタナ右翼の混沌の使者

clown

オルタナ右翼で一番有名な人は誰か?それは、マイロ・ヤノプルス(Milo Yinnopoulos)でしょう。

私がマイロ・ヤノプルスを初めて知ったのは、たしかアメリカのエンタメ記事を読んだときです。人気ラッパー カニエ・ウェストの元恋人であるアンバー・ローズが、レイプ文化の根絶を訴えるデモ・イベント「Slut Walk」に参加したという記事でした。

しかし、そこには妙な記述もありました。なにやら「レイプ文化とハリー・ポッター:両方はファンタジー」というプラカードを上げてカウンターデモ(逆デモ)をして、イベントから追い出された「マイロ・ヤノプルス」という男性もいたらしい・・・

こんな酷い主張をする奴なんて誰だ?と思いながら、いざ彼について調べてみると、その意外なプロフィールに惹きつけられてしまいました。

マイロはアメリカで活動しているが、イギリス人であり、ユダヤとのハーフ。しかしカソリックの信者であり、ゲイでありながらオルタナ右翼。しかもドナルド・トランプの支持者である彼は、トランプのことを「ダディ」と呼んでいる!それは日本のおネエ系タレントが、愛着を込めて首相候補を「パパ」と呼ぶようなものです。

日米のLGBT の違い

マイロ・ヤノプルスがユニークなのは、性的マイノリティでありながら保守である点です。世界の基準で考えれば意外ですが、日本人にすれば「保守のゲイ」というのに驚きを感じる人はそれほど多くないかもしれません。

日本の芸能界では、マツコ・デラックスやミッツ・マングローブのように、個性を誇張したキャラクター作りをしてタレント活動をしている性的マイノリティもいますが、この国の社会で生きる多くの人たちは LGBT であることを家族や同僚に公表することなく生きています。




そういう人たちのほとんどは政治に無関心、あるいは保守的な傾向にあるのではないでしょうか。しかし、それはあくまで波風を立てたくない、あるいは立ててほしくないがゆえの「内向きな保守」であり、本当の意味で「右寄り」の人はまだまだ少ないのではないかと思います。

さて、アメリカで定着しているゲイのイメージは、「プログレッシブなリベラル」です。しかしそのようなイメージを作るきっかけとなった世代、すなわちゲイの権利確立のために戦って、恋人や仲間をエイズで失った世代も、現在では高齢です。

今では60代や70代になったその世代の中には、10代や20代のうちにゲイとしてカミングアウトして、ニューヨークやサン・フランシスコなど大都市で生きることを選んだ人たちもいれば、普通のストレート(ノンケ)として結婚して子供も作ってから、やっぱりゲイとして生きることを30代、40代、50代になって選んだ人たちもいます。

昔は差別や偏見が厳しかったからこそ、波乱万丈の人生を生きたゲイの人たちが多かったわけですが、今では(アメリカの都市部であれば)子供の間からゲイとしてオープンに生きることができます。もっともそれは決して簡単なことではありませんが。それでも昔と決定的に違うのは、「ゲイであることを隠す」という時期を経験していない若い世代が増えていることです。

このようにアメリカでは、ゲイの生き方が時代とともに変化しています。その一方、同性婚の権利まで保証された現代でもなお、「プログレッシブなリベラル」こそ、ゲイとしてあるべき政治スタンスだと信じているアメリカ人ゲイも沢山います。そのような人たちは、マイロ・ヤイノポリスの存在に嫌悪感を抱いているのです。

実際、アメリカのゲイ雑誌OUTはマイロの特集を組みましたが、それは多くのLGBTジャーナリストに非難されました。

Political correctnessに対する戦い

過去にトランプの記事で触れたように、マイロはオルタナ右翼の事実上の広告塔になっています。もともと彼はITジャーナリストでしたが、 ゲーマーゲート事件を取材してpolitical correctnessに危機感を持つようになってからは、政治色を帯びた活動をするようになり、今ではネットの世界を飛び出して、アメリカの大手メディアにも露出するようになっています。

マイロ・ヤノプルスは、ドナルド・トランプと同じように political correctness を批判しています。その理由の一つとして、political correctness はリベラルの抱える矛盾を曖昧にしてしまうことが挙げられます。


ここからは、冒頭で紹介した「レイプ文化とハリー・ポッター:両方はファンタジー」というプラカードの文言の背景について説明しようと思います。

アメリカでは、大学キャンパスでのレイプ事件がたびたびニュースになります。また最近では、レイプ疑惑のある男子生徒の退学を求めて、コロンビア大学でマットレスを持ち歩き続けた女子大生のアート・パフォーマンスが話題を集めました。

このような事件を頻繁に耳にすると、女性に対する犯罪は年々酷くなっているような印象を受けますが、実際のところ、過去30年間アメリカのレイプ犯罪は統計的には下がっています。マイロはこの矛盾を指摘するために、あの挑発的なプラカードを作ったのです。

rapestat

Body Positive運動の問題点

他にも、マイロは Body Positive 運動も批判しています。Body Positive 運動とは、さまざまな体型をポジティブに捉えることを訴えるフェミニスト運動です。しかしこの運動の危険性は、健康リスクの高い人にも誤った肯定感を与えてしまう点にあります。

また、この運動を商機だと考えているのが、アメリカのデパートです。米大手のJC Pennyはプラスサイズの服を販売しています。

一般の人はアパレル広告のモデルほどスタイルはよくありません。したがって現実的な体型を反映させたサイズという意味での大きめのサイズの服は、マーケットの要請を反映させた商品だと言えます。

が、健康的なプラスサイズの消費者だけでなく、深刻な肥満である人たちのライフスタイルまでも結果的に大企業が応援していることを、マイロは批判しているのです。

トランスジェンダーの非科学的レトリック

マイロは同じ性的マイノリティの仲間にも厳しい意見を持っています。ここからはトランスジェンダーに対する彼の批判を紹介する前に、まず「ジェンダー」について解説しようと思います。

日本ではまだ浸透していないセオリーかもしれませんが、ジェンダーというのは social construct です。Social construct というのは、「社会という外界からもたらされる要因によって、目的や意識などといった全ての社会要素が決定されること」です(出典)。

つまり男性らしさや女性らしさというのは、結果的には文化・経験・社会が作り上げるものであり、人間に内在するものではないのです。したがって「母性本能」というのも存在しません。

さて、「女」としてのアイデンティティを持った日本の男性が、決まって言うセリフがあります。それは「体は男だが、心は女」です。翻って英米で聞くのは、「I have a female brain but I’m trapped in a man’s body」というセリフです。

これは「私は女性の脳を持っているが、男性の体に囚われている」という意味です。マイロはこのレトリックが科学的に間違っていることを指摘しています。

なぜならジェンダーというのは、前述のように social construct です。また、医学的にも「女性の脳」というのは存在しません。なぜなら男性の脳と女性の脳に違いはないからです。

リベラルの劣化

彼の文章やコメントを英語で読むと、差別的に聞こえるかもしれません。しかし、実際に YouTube で話しているのを聞けば、マイロの言動にはパフォーマンスの側面があるのがわかります。

それはトランプと同じです。リアクションを得るためにあえて挑発的な言動をとっているのです。それは日本の「炎上商法」と似ているでしょう。マイロはそうして社会にカオスをもたらす自分を agent of chaos(混沌の使者)と表現しています(これは映画「ダーク・ナイト」に登場する悪役ジョーカーの名セリフです)。


いまアメリカでは、「日本リベラルの劣化」と同じような現象が起きています。プログレッシブがもはや進歩的(progressive)ではなくなってきているのです。マイロをふくむ多くの発言者は、彼らを regressive(リグレッシブ=後退的)と揶揄しています。

そんな時代に生きるマイロは、むしろ自分のような人間やオルタナ右翼が、真に進歩的な考え方を持った人間だと主張しています。また、常に時代の先を進んできたゲイ・カルチャーの先頭にいま立っているのも自分だという旨の発言もしています。

挑発的になることの意義

しかし、なぜあえてショッキングな言葉や行動を選ばないといけないのか。それは、アメリカが political correctness に支配されているからです。Political correctness の時代に丁寧な言葉を使ってもメッセージは広がりません。

いまの時代、丁寧に話しているつもりでも、少しでも差別的に聞こえるような発言をすると、たちまちレイシストのレッテルを貼られて、なおかつリベラルの思考は停止する、あるいは無視されてしまいます。

それゆえ社会からリアクションを得て、変革を起こすためには、最初から過剰に挑発的かつ攻撃的にならないといけない、というのがマイロたちのロジックです。そしてそれは昔の「性の解放」や「ロックンロール」のように、先鋭的で楽しいことなのだとか。

このように自己主張の国アメリカでは、様々な意見が衝突することで、良くも悪くも文化が前進します。

まとめ

日本の LGBT の権利に関しては、企業や市役所が動き出していますが、そのような機関に法的な力はないので、真のブレークスルーが起こるのはまだまだ先になるでしょう。

また何も起こらなければ、日本における LGBT の研究も停滞します。他の文系学問のようにガラパゴス化しないか心配なところです。

マイロ・ヤノプルスの意見に反対するにせよ、賛成するにせよ、彼の主張について議論するのは良い刺激になるかもしれません。

LINEで送る

Category:コラム:オーパス通信,政治・文化